1.私が守らなきゃいけない!は幻想

〜今日の処方

1.私が守らなきゃいけない!は幻想〜

◆あなたの大切な人を「心配して守ろう」とするよりも
相手の可能性を無条件で信じてみよう!

 

1,本当にその人や状況はあなたが守るべきものですか?
2,大嫌いな事を我慢してやれば周囲を幸せにできると信じ込んでいませんか?
3.あなたが大嫌いな事を続けるエゴの本当の狙いは何ですか?

あなたはいつまでも魂の声(心の叫び)を無視し続けますか?
私は7年半無視し続けました(笑)

 

私は本来、自然な食事をすれば虫歯に
苦しむ必要が無いと気づいて以来、
「人類は虫歯のない次のステージに上がるべき!
何も考えずに劇薬のフッ素を塗ったり

子供たちの歯を無理やり削り続けてはいけない。」

 

そんな風に思い次第に従来の虫歯の予防や
治療をする事に自分の人生をかける意味を
見出せなくなって行きました。

それである日もう金輪際「子供たちの歯は削りたくない!」
そう強く思いました。しかしながらその後私は、
7年半もの間削る事を結局止められませんでした。

でもどうして、「削る治療」を止められなかったのかって?

よくぞ聞いてくれました!

それは私が「削る治療」を止めると、
患者さんも従業員さんも家族も両親も
みんなが不幸になると思い込んでいたからです。

だから、みんなを守り幸せにするために自分さえ我慢して
歯を削っていれば、医院の経営が回って
みんなが幸せになると、ずっと思っておりました。

でもある日誰かの幸せを守るという大義名分の元

劇薬のフッ素を子供たちの虫歯予防に使ったり

 

根本的な原因も見直さずにただ歯を削って

穴を埋める治療行為を繰り返してきた事がなんだか
とてもおかしな事に思えてきたという訳です。

そもそも私がやりたくない泣き叫ぶ子供の歯の治療で

得ていたものは何だったのでしょうか?

 

◆我慢の報酬は?


「本当は野生動物を見習って自然なものを食べれば

人類も虫歯(歯科疾患だけでなく病気も)に
苦しむ必要はない!」

 

それなのになのに私たちが、

「この診療所でやっている事と言ったら…。」

なんだか自作自演の茶番劇のようだなと、思っていました。


そして、時には治療が嫌だと泣き叫ぶ子供の
お母さんに「お母さん今日から人間食から
野生のゴリラ食にしましょう!」そうすれば、
この子も金輪際歯医者に来る必要がなくなりますから!」

などと説教じみたお話もたくさんしました(笑)
でも大抵のお母さんに、「それは分かっていますが、
でもそんな事は出来ません。だから、先生どうにかして下さい。
なんとか虫歯の進行を止めてください」と、よく言われました。

私はそう言われるたびに「う〜ん、残念だけど本当の意味で
歯医者には虫歯の進行を止める事は出来ないんだよね〜」
「だから、食生活と歯ブラシの習慣を見直してね!」と
違和感を感じながらも判で押したように言っていました。

しかしながら、ここがとても矛盾した部分ですが、
医院の経営的には、人間食を食べて虫歯になって、
対処療法を求めてやってくる患者さんが多ければ
多いほど安定した収入もついてきます。

 

でもそこに一体どれほどの価値があるのでしょうか?

確かにおとなしく虫歯の治療をしていれば
多少の日々の収入は増えるかもしれません。

でもそれをやればやるほど、私の心は虚しさで
いっぱいになって行きました。

それでも患者さんのために、家族のために、従業員さんのために
両親のために医院の売り上げをあげて存続させる。
必死にそんな理由付けをして心の叫びを無視しました。

でもある日不思議な事に気付きました。

 

 

 

◆その人は本当にそんなに弱いの?

 

それは以下のようなこと。

「私が守らないといけないと思っている人たちって
本当にそんなに弱い存在なのか?」

「彼らには全面的な保護が必要」って考えるっていう事は、

「彼らは私が保護しないと、生活して行けないし無能。」
私は彼らの事をそんな風に考えているっていう事にならないかい?

そんな風に自問自答しました。

つまり「保護が必要=彼らは弱くて無能」という
図式を勝手に成り立たせてはいなかったか?という事。
そこで私は「ハッ」として、周囲の人たちの能力や
回復力(レジリエンス)を全く信頼していなかった事に突然気付きました。


そして「保護が必要=彼らは弱くて無能」という
この図式をよく見てみると、「自分は彼らの上に立っていたい!」
そんな私のエゴの欲求も見え隠れして来ました。

それから、ここでのもう一つのポイントは、
彼らの上に立つ為にはある程度彼らの要求も
満たす必要があると、エゴがよく分かっていたことです。

例えば、ここで私が「虫歯を削る診療行為」よりも、
「食生活と虫歯の関係性が大切!」というブログ記事を
書いて歯医者としてもっと多くの人にそれを伝えるという事に、

同じ時間を使ったとしましょう。

でも、その選択をし続けると一旦は周囲の人たちの欲求は、
満たされなくなって行くでしょう。


その欲求には例えば、次のようなものがあるでしょう。

 

・食事による虫歯の根本治療でなくその場しのぎの対処療法を望む患者さんの欲求
・歯科医院を開業している娘=子育ての成功の象徴が欲しい両親の欲求
・好きなものを買ったり旅行に行ったりするお金が今すぐ欲しい家族の欲求
・私と同じように今月も家族の欲求を満たしたい考える従業員さんの欲求

 

もしこうした患者さん、両親、家族、従業員さんの欲求よりも
自分自身の「歯を削るより食事の大切さをブログの記事で多くの人に伝えたい!」
という心の奥底(魂)の欲求を優先したらどうなるか?

エゴはその結末をよく分かっていました。

 

 

◆エゴの欲求と魂の欲求の攻防

 

私のエゴは俯瞰して行動するよりも、目先の利益に飛びつきました。
だから「心の奥底(魂)で考える歯医者として本来やるべき事」よりも
目先の「周囲の人の上に立ちたい」を充足する事を選択し
7年半もの間大嫌いな「歯を削る治療」をやり続けたのでした。

エゴの欲求と魂の欲求の攻防戦は7年半に及んだのです💦

 

もちろん常識的な範囲で、痛みがある人を助けたり、
家族や両親、従業員さんを幸せにしてあげたい!という
純粋な思いまでは私も否定するつもりもありません。

でも私が守りたかったものの正体は、そうした純粋な思いとは
全く別な所に有ったのでした。

PS*それって私が腹黒いからそんな風に考えちゃっていたのかしらね(笑)

でもとにかく、動けなくなっている時に、魂の思い(心の叫び)を
無視してまでエゴが守りたいものは、一体何なのだろうか?
そんな事に思いを巡らせてみる事で、私には大きな気づきがあったのです。

 

そこに気づいてからは、患者さん、家族、両親、従業員さんの事を
もっと信頼するようになりました。

 

自分が我慢したり、状況をコントロールしなくても
その人たちに必要な学びはいつでも宇宙は用意してくれるものです。
だから、あなたが嫌な事をやって頑張る必要なんてどこにもありません。

放っておいても

 

「子供は高校を2ヶ月でやめて自分の好きな道に進んで行きました。
旦那は気兼ねなくゴルフや飲み会に行って職場の人間関係が良好で健康になりました。
従業員さんはもっと条件の良い職場を探して生き生きします。

両親は関心を子供からもっと自分に集中する事で幸福度が上がります。
患者さんはもっと削るのが上手い歯医者さんに診てもらえます。」

大丈夫!あなたが嫌な事をやってもやらなくても
みんなちゃんと自分の足で幸せな道を探して歩んでいけるって!

 

そして周囲の人を信じられるようになる事の一番嬉しい効果は、

自分に対しての信頼が上がってくる事です。

 

心の叫びを無視して大嫌いな事をやって
自分が不幸せでいても誰も幸せにする事は出来ません!

 


最後に動けなくなっているあなたにこんなマントラを贈ります💖

 

〜あなたが幸せになるマントラ処方〜

 


・私には価値がある。
・私は好きな事をやってもいい。
・私は自分を表現してもいい。
・私が幸せだとみんなも幸せ。

 

シンプルだけど効き目がありますよ!

いかがでしょうか?あなたも唱えてみませんか?

 

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